2014年12月11日木曜日

イリュージョンの泡

池袋ショーの期間中に思った、というか経験したこと。

自分が言ったり、書いたりした言葉にしばられる。
・たとえばブログに「赤い水晶が欲しい」と書くことで、より一層、赤い水晶ばかり探してしまう。

自分作り出した「幻想」にとらわれる。目の前の現実をありのままに見ないことがある。
・以前見て「いいな」と思った石のイメージがずっと残っていて、実際の「物」をよく見ていない。そのため、気づいて当然のことに、まったく気づかなかったりする(ラベルの間違いなど)。
・特定の産地などに対し、ウェブサイトや口コミなどの情報から、頭の中である種の「幻想」をつくり上げる。そのイメージを通して「物」を見る。いわば、色めがねをかけている状態。
・自分が買わなかった(ちらりと見たけど、他の人が買ってしまった)ものが、とても良かったように思える。イメージの中でかなり美化される。「あれよりよいものを……」としつこく思ったりする(笑)。

一部、某店主さまと「ですよね~」と話し合ったことも混じっていますが。


つまり私、にかぎらず多かれ少なかれ人間って、自分で作り出した「イリュージョンの泡」を、頭のまわりにいっぱいくっつけて歩いているような生き物なのか、と思いました。そして、知識や先入観、いろいろな思考の産物であるその幻想のあぶくを通してしか、「物」を見ることができないのかも……。

ちょうど、こんな記事を読んで、さらに「そうそう!」と頷いてしまいました。

エックハルト・トール~『メンタルイメージの人間関係が氾濫するIT時代』

「鉱物(水晶)を集めている」というのが、もう自分のアイデンティティの一部になっていて、たとえばミネラルショーで戦利品が一個もないと、「ブログに載せる物がない……」と思ってしまうのはまさにこれだな、と。

「○○が好き」と公言しているものは、もちろん「○○」が本当に好きで、言い始めたんだけど、時間が経つにつれて、SNS上の自分のイメージを壊したくないという気持ちが生まれてくることもあるんじゃないかと思います。

まあ、人間は動物と違って言語を使い、記憶や思考能力があるわけだから、そのもろもろから完全に自由になるのは不可能でしょう。京極夏彦の『鉄鼠の檻』に、人間は常に自分の脳という檻の中にいる……みたいな話があったと思いますが、思い出しました。

ただ、自分で作り出した思い込みとかイメージにあまりにも振り回されたり、SNS上のメンタルイメージに過度にとらわれてしまうのは、少し怖い気がします。

このブログは、タイトルには「水晶」と入っていますが、実際はその時、その時の関心のあることを書くブログなので(今年一番PVがあるのは『あずみ』感想の記事だし……)、石についても何についても、あまりこだわらないようにしよう、とあらためて思いました。
ミネラルショーについても、です!

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