シャーロック『ピンク色の研究』シーズン1

ずっと気になっていたBBCドラマ。Huluでシーズン3が視聴できるようになったので、一気に見ましたー(この記事の最後)。

感想というより、「面白いエンタメ作品から学ぼう」の意識でメモを取ったので、分析といったほうがいいかも。シーズン1の第一話『ピンク色の研究』だけ、詳しく載せてみます。もちろん完ッ全にネタバレしているので、まだ見ていない方は開かないでください! 

なお、このシーズン1第一話だけは、無料で視聴できます(2015/6現在)
http://www.hulu.jp/sherlock





シーズン1 第一話『ピンク色の研究』


ホームズものの新しい連続ドラマ。舞台は現代のロンドン。最初の回はハードルが高い!

◎おなじみのキャラクターが、原作の設定に従いつつ、どんなふうに新しく、魅力的に再創造されているか?

◎舞台を現代に移し替えたということで、ミステリー、サスペンスとしての出来はどうか?

シーズン1の第一話はどちらも満足。さすが!
もちろん上記は別々に表現するものではなく、後者において前者を伝えるわけだけど。

ただのミステリーやサスペンスではなく、ホームズものならまず主人公が魅力的でないと。この、俗世を超越したような、シーズン2で「発達障害」とさえ言われている雰囲気は、俳優(ベネディクト・カンバーバッチ)さん自身の個性がなければ演じられなかったのでは。恐ろしく高機能なアスペルガー症候群というか……(こういうのが最近の流行?)

ただ、人物像は一瞬で伝えることはできず、じわじわと表現していかなければならないので、冒頭で視聴者を惹きつける役割は、ミステリー。

三人の、お互いに関係のない被害者たちが、奇妙な場所で薬物自殺を遂げていく。

「連続"自殺"?」

記者会見の場で、「どうやって気をつければ?」という質問に対し、レストラード警部は「自殺しないようにしてください」(笑)。ストーリーと共に脇役のキャラクターも表現していかなければならないけど、この一言で彼の善良さ、間抜けさが分かる。そして、記者たちの携帯にいっせいに送りつけられるシャーロック(以下SH)からのショート・メール。「Wrong!(違う)」
……ここで、謎の答えを知りたくなって、最後まで見てしまう。

シャーロックのキャラクター


序盤、畳みかけるように小さな驚きや謎が連続し、視聴者をチャンネルに釘付けにしながら、集中的にSHのキャラクターを描写していく。

女性に関心がなく、死体置き場で乗馬ムチをふるう画。初対面のジョンに披露する人間観察の特技。これはホームズもので毎度おなじみのシーンだけど、スマホから推理を行う点が新しい。ここで、ジョンも初めて他のキャラクターとは違う性格を見せる。SHの推理を「まったく素晴らしい!」と素直にほめるのだ。この特技のために今まで人に嫌われてきたSHが不思議そうな顔をするのが見もの(だが、どうせ二人がコンビを組むことを知っている視聴者はニヤニヤ)。
さらに、推理が一箇所だけ間違っていて(ハリーは姉だった)SHが猛烈にくやしがる。「クララ」は何だったんでしょ?
特技披露のダメ押しとして、刑事のサリーとアンダースンに対する推理がある。SHが嫌われる理由がよく分かる見事なもので、ジョンに対するそれよりもずっと素晴らしい(笑)。

このあたりから、本題の「連続自殺」事件に入っていく。四番目の被害者が倒れている現場に到着し、二分だけ現場を見ることを許される。思考が文字で浮かぶ演出が分かりやすい。謎解きに対して、ジョンはまた「ファンタスティック!」。SHは「声に出てるぞ」と言っているが、まんざらでもない顔。

面白い謎に遭遇したSHは、不謹慎なほど嬉しそうに「スーツケース!」(犯人のミスは)「ピンクだ!」と叫んで走り去っていくが、傍からみると完全におかしい人である。「精神の宮殿」に入ったときの「こっちを見るな、考えがじゃまだ」等も。

SHのキャラクターの「すごく嫌なやつ」「変人」という側面は、このシーズン1の第一話から、さすがによく描写されている。
それと、「精神の宮殿(マインド・パレス)」は、後々まで重要なSHの特性の一つ。

SHの強烈なキャラクターに少しずつ惹かれていくジョンに、いったん正反対のベクトルが提示される。
嫌がらせのような推理をされた刑事、サリーが、彼女たちが見ているSH像を語ってくれる。「彼は心を病んでる、いつか殺人者に」。つまり、「彼には近づかない方がいい」と。もちろん、こんな制止を振りきってSHに近づくことを知っている視聴者はニヤニヤ。

ジョンのキャラクター


ここで、急展開!
ジョンが黒塗りの車に誘拐(?)されてしまう。
今までジョンは単なる傍観者だった。視聴者が寄りそってきた「ふつうの人・代表」であるジョンが突然得体のしれない状況に巻き込まれるので、非常にスリリングに感じた。制作側の狙いどおりというところか。

しかし、ジョンは、怖れていない。
ここはSHをいったん離れて、ジョンのキャラクターが描写されている。端正なスーツを着た男は、ジョンが戦場から戻って以来悩まされていた、左手の痙攣がなくなっていることを指摘する。痙攣は心因性のもので、SHと出会ってスリルのある生活に戻ったことで(皮肉なことに)止まった。男は「きみの左手は彼と離れがたいと言っている」。
この「スリルを求める」というジョンの問題が再び掘り下げられるのはシーズン3。最初から伏線を張っていた(というより、キャラクターがしっかり決まっていた)ことに驚く。

SHの動向を知らせてくれたら金を払うという男の申し出を拒否し(相手が誰なのか分からないこの状況ではリスキーだったと思うが)、何とか無事にベイカーSt.221bに帰ることができたジョン。ずっと携帯をいじっている秘書の女性に声をかけているが、これも後々、ガールフレンドをとっかえひっかえするジョンの性格を表しているようで面白い。が、「昨日会ってもう犯罪捜査を? 週末には結婚しそうだな」も別の意味で未来を言い当てている!

少しペースがゆっくりになり、SHとジョンのコンビが描かれる。まだ信頼関係はほぼ無し。
四番目の被害者、ジェニファーのスーツケース(ピンク色で目立つので捨てられた)を手に入れたSHは、ジェニファーの携帯(犯人が持っているかもしれない)にメールを送って犯人をおびき出し、追跡するが、逃げられてしまう。ここで、ジョンは杖を使わずに走れるようになる。アンジェロの店では、ジョンは「デート相手」と呼ばれている。

ベイカーSt.221bに戻ると、ドラッグに関する家宅捜索の真っ最中だった。警察(レストラード以外)に嫌われていることの強調。

ジェニファーが死ぬ前に書き残した文字は、ドイツ語の「復讐」ではなく、14年前に死産で生まれた彼女の娘の名前「レイチェル」だったと判明。考えつづけるSH。また、「みんな黙れ、動くな、息もするな」と理不尽な命令をしたりしている。細部の繰り返しが多いのが第一話の特徴。複数の浮気をしていたジェニファーは賢い女性だった。何かを伝えようとしていたはず……。
急に嬉しそうな顔(「Oh?」が可愛い)になり、「彼女は君たちより賢い」と言い始めるSH。

「レイチェルだ! わかるだろう?」
……誰も分からない。視聴者も。

幸い、すぐに謎解き(彼女は携帯をわざと犯人の手元に残した。レイチェルとはウェブ上のアカウントのパスワード)。そして、携帯のGPSによる位置情報(ベイカーSt.221bを指し示す)から、また突然に、犯人がタクシー運転手であることが分かる。SHにだけ。

事件の結末


急展開が続くが、ここからが起承転結の「結」の部分。
SHは迎えに来た犯人のタクシーに乗り込む。警察もジョンもすぐ近くにいるのに、被害者たちを殺した方法を確実に知りたいという欲求のほうが強いのである。
SHがそんな身勝手な行動を取っているとも知らず、レストラードは「彼は卓越した男だ」と評する。「もし我々が幸運なら、いつかは彼は善良な男に……」。これも大事な台詞。

一方のSHは、深夜の学校(?)で、犯人と一対一の対決。
二つの小瓶に入っている薬のどちらかが毒になっている。先に被害者が一つ選び、残りを犯人が取って同時に飲む。それで、犯人は四回勝ってきた。「偶然じゃない、ゲームだ」。SHは犯人の動機を分析してみせる。背後にスポンサーがいること、銃が本物でないことを見抜くが、それにも関わらず、二つの小瓶のどちらが「当たり」だったか、どうしても知りたいと思う。

「人生が退屈か? そうなんだろ? あんたみたいな賢い人間の宿命だ」
「退屈を忘れるためなら何でもやる」

しかし、二人が薬を手にとって口に運ぶ直前に、ジョンが窓越しに犯人を射殺。スポンサーの「モリアーティ」という名前だけが分かる。

このとき、民間人に戻っているジョンが人を殺すことにためらいを見せなかったことに、平和な日本人の私は驚くが、シーズン3を見ると確かにそういうキャラクターなのかもしれないと思う。SHは姿が見えなかった撃ち手を「射撃の名手」「手が震えたりしない戦い慣れた者」「危機的瞬間まで撃たない道徳心があり……」などと推理するが、ジョンの顔を見てはたと思い当たり口をつぐむ。「いま言ったことは無視して」(笑)。

最後に、スーツの男がマイクロフトだったと分かり(あのシーンをあらためて見直すとマイクロフトの台詞がまったくボロを出していない、その後の彼らしいものだったことが分かる)、SHとジョンが完全にペア扱いされて終わる。

全体を通して考えると、最初の回なので、ミステリーの分量はあまり多くないと思う。やはり、キャラクターの描写をしなければならないので。

と、第一話を見たときメモっていたが、シーズン2、3見ていくうちに、『SHERLOCK』というドラマは、実はミステリーよりキャラクターの話なのかもしれないと思い始めている。

ところで、やはり気になるのは、犯人がなぜ四回勝ったか? という点。
本当に偶然ではなかったのかどうか、気になる。
人間観察で多少は確率を上げることもできるだろうけど(この人物ならこういうふうに言えば手前の瓶を取るだろうな、等)トリックがないかぎり、確実に勝つ方法はないと思う。ただ、スポンサーがいることを考えれば、犯人にとっては「運だめし」の要素もあったのかもしれない。

ジョンの姉の推理のとき、それじゃ「クララ」は? と思ったが、このドラマでは同性愛がかなり普通のこととして扱われているので(何しろ、シーズン2では王族の女性がアイリーン・アドラーとそういう関係になっている。日本じゃこんな設定、絶対無理)、まあそういうことにしておこう。シーズン4以降でハリエットも登場するかもしれない。

ロンドンの街の雰囲気という点では、19世紀を再現したガイ・リッチー版のほうが「あの場所に行ってみたい」と思わせる耽美な魅力があるけど、まあこれはしかたがないか。


第二話『死を呼ぶ暗号』


シーズン1のその他の回について、簡単に感想を書いておくと、第二話の『死を呼ぶ暗号』は、手がかりを追っていくタイプの話。SHとジョンのまだ馴染んでいない関係は楽しいが、クライマックスはよくある感じがした。

それと、イギリスって中国を結構リスペクトしてる? という回。
同じBBCのドラマ『MI5』を見ていて思うんだけど、イギリスは中国に一目置いているところがある気がする。『MI5』では、日本はアメリカの腰巾着としか描写されていないけど(それは事実だが)、中国は「大国を目指す国」と警戒されつつも、評価されている感じがする。ハリー・ポッターの最初のガールフレンドも華人系の名前だったし。AIIBについてはよく分かりませんが。

第三話『大いなるゲーム』


第三話は、モリアーティとの全面対決、第一弾。めまぐるしく「謎と答え」が繰り返されるミステリー回。そのなかで人質の心配を一切しないなど、ヒーローというにはあまりに情のないSHの性格が描かれる。

最後に、「牛乳を買わないと」「買っておく」「本当に?」と、ジョンと付き合ってSHも少し変わってきたのか? と思いきや、まったく変わっておらず、結局、誰にも言わずにミサイル設計図片手にモリアーティと接触しようとするところなど、第一話から成長がない。でも、このSHの欠点というか、他人から反感をかいすぎる性格は、シーズン2までのテーマだと思う。

モリアーティをどういう人物にするか、というのはシャーロック・ホームズものをつくるとき考えなければならない難しい点の一つ。ガイ・リッチー版は王道だし、パスティーシュの傑作『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険(N.メイヤー)』のような意表をつく設定もいい。『SHERLOCK』ではさすがにかなり現代的な人物になっている。
掴みかかったジョンが赤い点(銃の照準)がSHに移動したのを見て手を引くのにニヤニヤ。

「火責めにして心臓をえぐりだす」というモリアーティに対し、SHは「僕には心がないそうだ」と返すが、否定される。モリアーティのほうが正しかったことが分かるのが、シーズン2の最後。つまり、制作側が言ったようにSHは「天使の側」にいるのではなく、本当は「天使そのもの」だということ。

そして、シーズンの最後は「引き」で終わるのがBBCのドラマである。

ところで、酒に酔ってべらべら機密を話しフラッシュメモリーも見せるだなんて、そんなMI6がいるのか!?

シーズン2以降の話はまた


とにかく、このシリーズは各シーズン三話しかないので、見るのが楽。
シーズンの第一話は前シーズン最終話の伏線回収や謎解き、第二話が中休み回で、第三話は次シーズンに繋げる「引き」の話になっている。

シーズン2の『ベルグレービアの醜聞』はいちばんの力作。でも個人的にはモリーが好き、シーズン3の第一話では砂を吐くかと思った(SHがあまりに優しいので!) あと、シーズン2と3の中休み回、つまり第二話はまったく雰囲気が違うけど、どちらもよかった。最後に、シーズン3最終話の、ベイカーストリートに集まったSH・ジョン・メアリーの緊迫したやりとりは名シーンだと思う。アメリカ映画のようにやたら命の危機がなくても、キャラクターの深みだけでスリリングなシーンは作れるのだよ!

シーズン4で何より見たいのは「赤ひげ」です。

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